
宮城 治男(NPO法人ETIC. 代表理事)
【プロフィール】
1972年、徳島県生まれ。早大第二文学部卒。早稲田大学在学中の1993年、学生起業家の全国ネットワーク「ETIC.学生アントレプレナー連絡会議」を創設。また東京渋谷発のITベンチャーのムーブメント「ビットバレー」の仕掛け人の一人であり、若手起業家らが作る「Bit Valley Association」(BVA)の事務局長を務めた。2000年に「ETIC」NPO法人化、代表に就任。起業家型リーダーの輩出と社会にイノベーションを生み出すことを目指し、大学生へのキャリアデザイン支援事業、ベンチャー企業やNPOへのインターンシップ事業等に取り組む2001年にETIC.ソーシャルベンチャーセンターを設立、2002年より日本初のソーシャルベンチャー向けビジネスプランコンテスト「STYLE」を開催するなど、社会起業家の育成、輩出にも取り組む。 現在は全国各地での若者のチャレンジと地域変革に取り組むプロデューサーの輩出、支援にも注力。早稲田大ビジネススクール非常勤講師。地域活性化伝道師。
Interview #018-2 2009年09月15日 晴れ @東京都渋谷区/ETIC事務所
自律型人材を育てる生態系(エコシステム)デザインの本質(part2)

2.社会起業家という生き方
-立ち上げ当初、IT分野などのスタートアップ支援や、ベンチャーへのインターンシップに注力されていた宮城さんですが、最近は社会起業家を育成する方へ軸足を移されているようにも見られますね。宮城さんの中で、ベンチャーと社会起業家の違いはあるのでしょうか?
私としてはベンチャー支援とはいっても、もともと社会起業家的な人たちを育てたいと思っていましたし、そういう人たちに活躍してほしいと願って活動してきました。また自分が尊敬していた起業家の先輩方も、事業の中身は従来のビジネスかもしれないけど人間としてはそういう社会性の高い志を持った方々でした。今でも当然ご縁が続いています。そして当時は、そもそも起業にチャレンジする人が少ないこと、そのものが社会課題であり、起業するということを社会に提示することにソーシャルなインパクトがあった時代でした。また言葉としての社会起業というのもなかったし、それを打ち出すというタイミングでもなかったとえます。
ただ2001年ぐらいから、あえて私たちは社会起業という言葉を提案し、打ち出すようにしました。その理由はいくつかあります。一つは自分たちの社会的な役割の変化です。ITベンチャーブームもあり、起業というのが社会に浸透したことでベンチャーキャピタル等ビジネスとしてベンチャー支援をする機能が社会に定着してきました。そのためその分野でのNPOとしての自分たちの役割がある程度終わったと考えたのです。もちろんそこでNPOでなく、ベンチャーキャピタルになるという選択肢もありえたわけですが、自分がやるべき役割ではないと判断した。より社会必要としていて、まだモデルがなく、市場がないものを提案し、形にして社会を巻き込んで変革を起していく。それがNPOのスタンスで事業を行う我々の役割だと思いました。そこで次に掲げていくテーマとして着目したのが社会起業の領域だったわけです。
二つめの理由は、起業家としての哲学やビジョンの再認識の必要性です。ベンチャーがフォーカスされる一方で、「なぜ起業するのか」「なぜその事業をやりきるのか」という哲学について考えたり、学ぶ機会の必要性を感じました。というのも、そうしたことをきちんと考えることなく、会社を興してしまった仲間も数多くいたからです。IPOを成し遂げビジネスとしてはある程度成功しながら、株主からの多大なエゴにもとづく要求をぶつけられ、悩んでいたり、器にあわないお金を持つことは、必ずしも人を幸せにしないという現実を目の当たりにしました。そこでもう一度何のために事業を起すのかというビジョン、哲学ということを社会に対して問い直す必要性を感じたわけです。社会起業家というのはまさにその「何のために」からから事業に入るわけですね。つまり自分たちが支援し、育ててきた仲間たちの価値観の変化が社会起業というアプローチを求めていると感じた、ということです。そして、一方で、当然ですが、社会の側が必要としている。これまでの戦争や貧困、差別といった問題に加え、さまざまな「社会的課題」が人の幸せに大きく影響しているにも関わらず、従来の企業も、行政、NPOもそれに対応しきれていない。
こうしたいくつかの背景から社会起業というアプローチを発信していかなければならないと考えました。




