
宮城 治男(NPO法人ETIC. 代表理事)
【プロフィール】
1972年、徳島県生まれ。早大第二文学部卒。早稲田大学在学中の1993年、学生起業家の全国ネットワーク「ETIC.学生アントレプレナー連絡会議」を創設。また東京渋谷発のITベンチャーのムーブメント「ビットバレー」の仕掛け人の一人であり、若手起業家らが作る「Bit Valley Association」(BVA)の事務局長を務めた。2000年に「ETIC」NPO法人化、代表に就任。起業家型リーダーの輩出と社会にイノベーションを生み出すことを目指し、大学生へのキャリアデザイン支援事業、ベンチャー企業やNPOへのインターンシップ事業等に取り組む2001年にETIC.ソーシャルベンチャーセンターを設立、2002年より日本初のソーシャルベンチャー向けビジネスプランコンテスト「STYLE」を開催するなど、社会起業家の育成、輩出にも取り組む。 現在は全国各地での若者のチャレンジと地域変革に取り組むプロデューサーの輩出、支援にも注力。早稲田大ビジネススクール非常勤講師。地域活性化伝道師。

宮城さんが代表を務めるETIC.は若者を中心にアントレプレナーシップを啓蒙してきた社会イノベーションコミュニティの中心的な存在。ETICとは、"Entrepreneurial Training for Innovative Communities"の頭文字をとったもので、次世代を担う若者への機会提供を通じて、これまで様々な起業家型リーダーを輩出してきた。事業の柱となっているのはインキュベーション事業、起業家型リーダー育成事業、そしてコミュニティ展開事業。代表的なプログラムであるインターンシップには学生2000人以上、企業650社が参加し、200人以上の起業家を輩出している。そんな人づくりのプロフェッショナルである宮城さんに、その本質について聞いてみた。
1. アントレプレナーという選択肢を創る。
-宮城さんがこうした活動を始められたのは大学生の時ですよね。そのきっかけは何だったのですか?
もともと同世代の人が目標を見失っているのではないかという危機感や閉塞感があったんです。当時は就職というと大企業という認識が強固。自分自身の尺度ではなく、他人の尺度、偏差値やブランドで選ぶわけです。でも就職した先輩たちから聞こえてくるのは会社や上司の愚痴。そんな生き方をみんなおかしいと思いながら、他に選択肢がなくてなんとなくその流れにのっている。この状況をすごくかっこ悪い、もったいないと思っていました。また時代が変化して、社会が価値観が変化していく中で自分たちの世代にとっての幸せとは何だろうと考えていました。
そんな大学二年生の時に、サークルの先輩を通じて、自ら起業家を選ぶという選択肢があることを知りました。これまで誰も教えてくれなかったけど、仕事というのは自分で創ることができるのだと。これはとても大きな気づきでした。ただ、その時は自分で起業をしたいというよりは、こういうことを知ったら、これで燃えて頑張る奴は必ずいるはずだ、と思ったのです。まず同世代の人たちに「自分で会社を創ることで、新しい可能性を切り開いていける」という人生の選択肢があることを伝えたい。それにより彼らの人生観を変えるようなインパクトを与えていきたい。自律的に未来を切り開いていく意志を持つことができる、そうした人が育つ機会を提供したい。そう思ったのがきっかけです。
-宮城さん自身、影響を受けた起業家の方がいらっしゃるのですか?
数多くの方々のお話に影響を受けていると思いますが、アントレプレナーセンターの福島正伸さんとの出会いは大きかったです。大学二年の時に講演会に行って、その場で修行させてくださいと御願いしました(笑)。別に募集などしていなかったのですが、直談判してアルバイトをさせて頂くようになりました。
-福島さんのどういったところに魅かれたのですか?
講演会で彼が「世直しをしたいんだ」という話をされました。くさい言葉ですが、考えてみればそういうことを正面きって言える大人にこれまで会ったことがなかったのです。今思うと、彼は当時から社会起業家だったわけです。そういう仕事のスタンスがあるんだと気づかせてもらいました。「社会をよくしたい」という、何の市場性のないような志を追求していくこと。それを貫いた先に事業が生まれる。そんなことを仕事にしていてもいいのだ、という一つの確信をもつことができました。その頃、既にETIC.はスタートしていましたが、福島さんとの出会いで、これを仕事にしていこうと決心したんです。




