
岡部友彦(コトラボ合同会社代表)
【プロフィール】
1977年6月 神奈川県生まれ。東京大学大学院建築学修了。2004年から横浜寿町を拠点に"YOKOHAMA KOTOBUKI STYLE"を展開、地域再生プロジェクトに取り組む。"モノ"づくりではなく、"コト"づくりからまちづくりをコンセプトに、再可視化と再価値化に挑戦中。
簡易宿泊所を改装したYOKOHAMA HOSTEL VILLAGEや、街の現状とそこで行われているプロジェクトを分かりやすく紹介したプロモーションムービー "KOTOBUKI_Promotion"の制作、通常の選挙キャンペーンにインスタレーション色を持たせた"KOTOBUKI選挙へ行こうキャンペーン"などをプロデュースする。第57回横浜文化賞文化・芸術奨励賞。

大きなパラダイムシフトが起こっている現在、新しい社会をデザインしていくときに考えなければならないことがある。それはコトからの発想。あらゆる分野で言われている言葉だけど、その意味を理解して実践できているヒトはどの程度いるのだろう。岡部さんはその本質的な意味を理解している実践者の一人だ。建築家の視点を持ち、時代の流れの中で価値を失ったものを再可視化していくことで、新たな価値を創出することに取り組む岡部さんの活動には、ソーシャルデザインの本質があると思う。日本の三大ドヤ街とも称される寿から始まった岡部さんのプロジェクトは、年々進化し続けている。そんな活動の現状(いま)について、久しぶりに岡部さんに話を聞いてみることにした。
1.全ては"寿"から始まった。
-岡部さんが中心となって作成されたムービーにもあるように、横浜市中区のJR石川町駅の西側、約250m四方の米軍接収跡地には日雇い労働者向けの簡易宿泊所が密集している寿地区と呼ばれている。山谷(東京・台東区)、釜ヶ崎(大阪市・西成区)と並んで日本の「三大ドヤ街」と称され、山下公園や元町といった横浜の華やかなイメージとは異なる「ハマのもう一つの顔」。地元の方々でもこの地域に足を踏み入れるのに抵抗感を持つ人も多いといわれるこの地域で、岡部さん達が取り組まれてきたことの概略を教えて頂けますか?
この地域にはホームレスの方も含めて7000人前後の人達が生活しているわけですが、高齢化がどんどん深刻化して、労働者の町から、高齢者・福祉の町へとシフトしている状況がありました。そうした社会問題に対応してきたのが特定非営利活動法人さなぎ達です。このさなぎ達との出会いが私の現在のきっかけの一つといえますね。
さなぎ達では、寿町における路上生活者やその予備軍の自立を支援する活動を行っていました。毛布や衣類、日用品などの基本的な支援物資の提供、医療や「空きドヤ」など住人が必要とする生活情報の提供など「医衣職食住」の分野にわたってサポートしてきたわけです。具体的には、路上生活者の安否確認と彼らへの食事提供を目的とする「木曜パトロール」や緊急時の駆け込み寺的な役割と同時に寿の住人たちの憩いの場としての「さなぎの家」の開設、生活保護受給者へ支給されるパン券1枚で、温かい定食3食分が食べられる「さなぎ食堂」の運営、街の人たちをケアする「ポーラのクリニック」の開設、 孤独死を防止する「寿みまもりネットワーク」などの活動になります。
ただ、こうしたボランティアでは持続的に運営していくことが厳しい。どうしても助成金や補助金頼みになってしまい経済的には不安定な状況が続くわけです。そこでビジネス的な視点が必要になってきました。ここで考えたビジネスモデルが簡易宿泊所を安価な宿泊施設として利用することで、ドヤ街に外国人パックパッカーをはじめとするツーリストを誘致するというものです。
-それがここYOKOHAMA HOSTEL VILLAGEなんですね?
そうです。既に山谷や釜ヶ崎でも行われていた試みです。ただ運用システムは全く違うものにしました。なぜならスタディしてみると、山谷ではドヤのオーナーさんたちが個人で展開していて、街の中で宿泊客の取り合いというケースが起こりがちになっていることが分かった。そこで寿では街全体をホテルに見立て、街として取り組むことをコンセプトとしました。「Yokohama Hostel Village Head Office」が窓口となり、一括してドヤのオーナーたちと提携し空き部屋を確保するというシステムを構築しました。これにより同業者間の競合を避け、このプロジェクトに関わる全ての者が幸せになれる仕組みができたわけです。もっとも最近では個別の宿も立ちだしました。この地域自体の認知度が向上した証拠でもあるし、地域全体の底上げとしては必要なことなんでしょうね。




